あなた
初演データ
構成・演出・振付:伊藤キム
出演:伊藤キム、遠田 誠、白井 剛、平敷秀人、前田紀和
美術:若山ユキオ、伊藤キム
照明:足立 恒
衣装:戸田由喜子
音楽:中村としまる、F.メンデルスゾーン、F.シューベルト
初演:1996年12月27日新宿パークタワーホール
上演時間:60分
一「あなた」って誰?一
まだ小学校にあがるかあがらないかの頃、僕は自宅で毎日欠かさずある儀式をしていました。母の三面鏡を少し開き、すきまに顔を突っ込んで、「ボクがひとり、ボクがふたり、さんにん‥‥、うわあ、ボクがいっぱいいるぅぅ‥‥‥」と呪文のように唱え、自分の顔が果てしなく続くその不思議な世界に浸る、というかなりナルシスティックなものでした。幼少でまだよくわからないながらも「宇宙」をそこに感じ、魅了されていました。母の使う鏡でこんなことをして、という後ろめたさもあって、誰もいないのを見計らってこっそりと禁断の遊戯に耽ったあの儀式は、現実世界から逃れ、まさしく宇宙を浮遊できる非現実の領域に連れていってくれる白昼夢でした。
で、「あれは子供の遊び。現実はもつと生々しく、厳しいのだ」と、大人になってからわかったのですが、その反面、いま実際に身の回りで起きていることは、あの禁断の鏡の世界とよく似ているじゃないか、そう感じてもいます。
皆、同じ。同じ顔、同じ考え、同じ行動、同じ服(ついでに同じ靴下)。同じ町並みに、同じ言葉。果ては性別までもがあいまいになってきそうです。
男と女、自分と他人。その区別は? その関係は? もうすべて鏡でカタがついてしまうかも。
そこでたどり着いた解答です。他人が自分を映す鏡だとしたら、あなたの隣にすわっているその人はあなた、つまり「わたし」に違いありません。
あなたとわたし。最小のコミュニケーション。
伊藤 キム
今回の『あなた』は、伊藤が幼い頃に三面鏡の中で無限に映し出される自分の姿に魅了された経験をモチ?フにしている。人と違うことを恐れ、常に同じであることを要求されている現代社会は、まさしく合わせ鏡のような世界なのでは、という問題意識を観客に投げかけている。
「あなた」が「わたし」の鏡であるのと同様に、この作品が観客にとって鏡のようなものであってほしい。日常的な動き・しぐさが振付に使われているという意味で、舞台上で行われていることに自分自身を発見し、共感を得ることができるはずである。